行政書士は民生委員の役割について考えてほしい!

児童の通学路には毎日、雨の日も風の日も、愛称「ミドリのおばさん」(お姉さんもいます)が旗と笛で安全確認を行ってくれます。付き添いの父兄とも親しげに挨拶を交わしてくれます。その光景は30年以上も続いています。交通事故、児童誘拐・痴漢等の予防策になるので、感謝している人が大半だと思います。

そうした子供の育成を見守るシステムがある中で、去る10/2 広島で悲惨な事件が起きました。28歳の母親が小5の我が子をゴルフバットで殴り死に至らしめたというものです。16歳で出産し、育児不能との判断で幼子は施設で育ちました。約10年後、再び親子は同じ家で暮らすことが出来ました。その1年半後に痛ましい事件が起きたのでした。

その夜、9時のNHKニュースで運動会を楽しんでいる児童の明るい笑顔が映し出されていました。日常的な虐待や11年間のうち大半を施設に隔離されていた過去があることを窺い知れない笑顔がありました。この子にとって学校が一番居心地がいい場所だったのかもしれません。

しかし、今年から児童虐待による親権喪失等の民法改正があったことを意識しているのか、広島県担当者の記者会見では「そうした報告が学校や、自治体や、民生委員からも上がっていない」とコメントしていました。

突然、一般的にはよく知られていない「民生委員」という名称が聞こえ、かつ役務を伴う役所の構成員としての「報告」義務を日頃から当然のように求めていますよ、というメッセージが込められているような気がしました。

確かに民生委員は地域の家庭に一番近い所に居る存在で、役所が特別に任命した準公務員です。生活に困っている人や病気している人が居るかもしれないので地域をパトロールしています。しかし、昔から、彼らは年間わずかな交通費(会議・研修に呼び出されるときの交通費)を支給されるだけのボランティア的な存在なのです。(*9/6ブログ「社会保障制度を守るためには民生委員を有給に」をご参照頂ければと思います。)

こうしたボランティアに対し、役人は平気で現場に責任転換していいのでしょうか? しかも彼らは地域の弱者を見守る社会制度の現場において、より一層の社会的な意義と存在を高めていく役割を求められているひと達なのですから、もう少し配慮して欲しいと思いました。

また、この事件は児童虐待を防止する制度上の問題も浮き彫りにしました。行政側は経済合理性を強く意識した効率的な見直しへの変化が必要でしょう。また、日本では親の愛に勝るものはないとの神話?があるようです。しかし、現在の若い世代も同じように考えているのか注視すべきと思います。

昔、虐待し続けていた若い母親を「傷害」事件として立件したのかも気になります。そして、その「心の闇」を掘り下げ、そして更生の確認方法にも注意するべきと思います。自己中心的な大人に成りきれなかった母親の犯罪かもしれませんが、時代や感覚の変化は予想以上に進んでいる不気味さがある気がしています。

子供を守ることは当然としても、明るい登下校時の「ミドリのおばさん」(注 学童擁護員で自治体の正職員)と同様に、闇に潜む狂気を見抜く「民生委員」は、役割期待は違っていても相応の処遇にすべきではないかと思います。

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