伝統の承継  野武士野球ライオンズ

7/1 西武ドームでライオンズ・クラシックが開催され、ライオンズの監督、コーチ、選手そしてチアリーダーの背番号も全員24番を付けてプレーしました。24番は西鉄ライオンズの鉄腕稲尾和久投手の背番号で、日本シリーズでジャイアンツ相手に3連敗後4連勝して日本一に導いた伝説的絶対的な大投手で「神様、仏様、稲尾様」の格言?まで生まれました。そして、今回、西武ライオンズの永久欠番になったことと故稲尾和久の生誕75周年を記念した試合になりました。

古くからの野球ファンでライオンズファンならばご承知でしょうが、西武ライオンズの前身は福岡を拠点とした西鉄ライオンズです。昔から球団経営は難しく赤字経営が多いと言われています。しかし、テレビや新聞等に球団名が頻繁に露出するため宣伝効果が高く、球団名を列挙するとその当時好調だった産業が浮き上がって見えます。例えば東急、東映、毎日大映、日拓、阪急、国鉄、サンケイ、大洋等です。

そのライオンズですが、西鉄時代に野武士野球と称される豪快な野球で黄金時代を築いたのですが、地方の鉄道とバス中心だった親会社西鉄の景気悪化の折、黒い霧事件と云う八百長問題が発覚し先発投手等が4名以上も永久追放される重い処分が下されてしまいました。この事件は西鉄の選手だけではなくパリーグ全体やセリーグでも問題となったのですが、何故か他の球団は軽い処分でした。

この事件後、ライオンズは太平洋クラブ、クラウンと名前が変わり、昭和53年、西武鉄道にM&Aされ所沢に本拠地を移した訳です。余談ですが、九州の球団がなくなり故稲尾和久は九州に球団を呼び込む運動を続けられていました。九州経済界で球団を持つ話もありましたが、その後、スーパーダイエーのとき、大阪のホークスが本拠地を福岡に移し九州の球団が復活、現在のソフトバンクホークスに繋がっています。球団やサッカー等のスポーツチームの存在は地方経済の精神的シンボルであり、街の活性化に大きな影響を与えているようです。

さて、所沢に本拠を移したライオンズですが、負のイメージがあった西鉄ライオンズの歴史を承継しませんでした。「限定相続」みたいな感じでライオンズの名称と選手を引継し、全く新しい、ライオンズの創成を図っていたようです。

そのライオンズが5年前から、正当な西鉄ライオンズの承継者であることを表明し、ライオンズ・クラシックのイベントを開始し、夫々の時代のユニフォームでプレーを見せてくれるようになりました。本日の開会宣言では西鉄OB豊田泰光氏が開口一番、「涙が出て仕方ない・・・」と云っていました。ライオンズの栄枯盛衰を知りつくしている豊田氏が望んでいたのは、今の西武ライオンズは野武士野球西鉄ライオンズの伝統を承継する球団であるということだったのでしょう。そして、全国にいるライオンズファンが勝利のたびに歌われる「炭坑節」が高らかに響くことを。

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